外国人旅行証


チベット自治区には、外国人が自由に観光できる「開放地区」と
中国当局の許可なしには入域できない「非解放地区」があります。

この「非解放地区」に入域する幹線道路には
この様な看板が立っています。
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この看板を見て、心臓がドキドキしました。
なぜって、「パーミットを持たざる外国人、入域すべからず。」と書いてあるのに
パーミットを持っていなかったからです。

いえ、何も当局に盾突いてパーミットを取らないのではないのです。
パキスタンから中国に入国し、カイラス経由の南ルートで東を目指すと
パーミットを取る役所がないのです。

致し方なく、パーミットを発行してくれる公安のある街まで
数千キロを、パーミット無しで進むしかありませんでした。
外国人とバレる訳にはいきません。
地味な服装で、中国人たちにまみれ、押し黙ったまま旅をしました。

緑色の公安服におびえながら過ごす毎日は、とてもストレスでした。
違法な入域を阻止するため、検問の数が毎年増えています。
検問のたびに、公安が車の中まで調べます。
何か話しかけられないかと、ドキドキです。

ちなみに、途中の検問で外国人だと発覚すると
500元(2005年当時)を罰金として徴収され
非解放区に入域前にいた街まで、送り返されます。
そのとき、チベットがらみの何か(チベット国旗やダライ・ラマ法王の写真など)を
持っていようものなら、即国外退去です。

素性を隠して旅すること1週間、やっとパーミットを発行する公安のある街に着きました。
公安に出頭し、違法旅行の罰金を支払い、許可証を申請しました。
何とその公安の窓口の担当者はチベット人。
「よくここまで、(見つからずに)無事に来れたね。」と
控えめな感じではありましたが、歓迎してくれました。

そして手にしたパーミットがこちら。
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「外国人旅行証」(Aliens' Travel Permit)   withキョロちゃん


無事に取得できた嬉しさで、宿の小姐
(シャオジェ:未婚女性・若い女性に対する敬称。この場合は宿のスタッフのこと)に
何度も見せびらかして自慢しました。
(↑結構、あさはかなワタクシです…恥。)
しつこく旅行証を見せる私に、毎回「よかったね♪」と微笑んでくれる美人の小姐 。

小姐 は漢民族の出稼ぎです。
辺境の地に出稼ぎに来ている漢民族の人たちは
みんな優しくて素敵な人達でした。
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西チベットの旅


チベット本土を旅行された方の数は、そんなに少なくもないと思うのですが
そのうち、西チベットを旅された方は、やはり少ないのではないでしょうか。

だって、こんなところです。
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行っても行っても、毎日こんな景色です。
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公共交通機関がないので、
移動はあらかじめ、ラサなどの大都市で数週間の予定で
ランドクルーザーをチャーターするか
あるいは、運任せのヒッチハイクです。

ヒッチハイクはかなり辛いです。
道なき西チベット高原を走る車は、1日に1~4台ぐらい。
目的地が違ったり、どの車とも交渉が決裂したりすると
翌日まで待つしかありません。

そう、こんなところで、また1日過ごすんです。
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ちょっと、泣けます。



それにヒッチハイクは、実は命がけなんです。
なぜかと言うと、何キロ先からでも、異臭を嗅ぎ付けて
チベット犬がやってくるからです。

チベット犬は、家畜を守るために飼育されており
「家族以外の動くもの」には、全て襲い掛かり、倒すように
生まれたときからしつけられるのです。

チベット犬は、大体3匹以上の群れで行動します。
土佐犬とまではいかないまでも、足の太い体躯のいい犬です。

実は石川は、このチベット犬に襲われました(涙)。
3匹のチベット犬に囲まれ、退路を絶たれ
そのうちの1匹に左手の手首を
もう1匹にお尻を噛まれてしまいました(大涙)。

チベット犬の目的は、「相手を倒す。」ことですから
噛み付いたら、標的が倒れるまで離れません。


手首とお尻に喰らいついたまま、暴れまわる犬に翻弄されながら
案外冷静に
「今日ここで、人生ゲームオーバーか。」と思いました。

「もうそういうカルマやったらしゃーない。ここで死んでも異議はあらへん。  
 せやけど、これまで生きてきた恩恵を、まだ何にも社会に返してへん。
それだけが心残りやわ。」
と思いました。
(普段は共通語のイントネーションで話していても 、究極の時、関西人は関西弁に戻ります。)


数分の格闘ののち、数百メートル先にたまたまいたチベタンが
犬に襲われている私を発見し、救出してくれました。

助かった~。

ただ、チベット犬は狂犬病菌を持っている場合があります。
あいにく狂犬病の予防注射をしていなかった私は
24時間以内に、発症予防の注射をしなければ、狂犬病の危険性があります。

でも、ここは西チベットのド真ん中。
どう考えたって、病院のあるような街まで、24時間で移動するのは無理です。

恐る恐る、噛まれた傷を確認しました。
5月の西チベットはまだ寒く、気温が零下だったため
尋常でない厚着をしており、歯形はくっきりとついているものの
皮膚は破れていませんでした。

セーーーーーフ!

死が目前かと思われた瞬間の「心残り」を
文明社会に復帰したら、忘れずに果たすと
チベットの土地に誓いました。

今でも時々、あの誓いを思い出し、身の引き締まる思いです。

クンデ・ハウスの子供たち


現在、クンデ・ハウスでお預かりしている11人の子供達は
みんな西チベット出身です。

西チベットがどんなところか、ご紹介すると
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こんな感じです。
(↑すみません、ずいぶん大雑把です。)

大体平均して、標高は4000m以上の地域です。
非常に乾燥しています。
標高が高いため、紫外線もきついです。
(紫外線は標高が1000m高くなるにつき、10%UPするそうです)
旅行をしていても、確かに日焼けする速度が、非常に速いです。

こちらはヤク。
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体は大きいですが、とてもおとなしいです。
この写真も、やっとここまで近づいて撮れた貴重な一枚。
用心深いので、人が近づくと
すぐに視線をそらしてゆっくりと逃げて行くのです。

そして西チベットといえば
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カン・リンポチェ(聖カイラス山)。

サカダワの時期には、多くの巡礼者で賑わいます。
(今年のサカダワは6月7日になる模様。)
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五体投地で巡礼するチベット人。

カン・リンポチェの巡礼路は、一周53km。
標高は約4,300~5,600mです。
チベタンが一生に一度、訪れたいと願って止まない
チベット仏教最大の聖地です。

昨年(2008年)のサカダワの時期は
チベットは外国人の滞在、入域が禁止されていました。
今年はどうなるのでしょうか。

子供達が成人するころ
みんなでカン・リンポチェを巡礼できることを希望しています。

バター茶の作り方


最近、ブログのUPが滞りがち…その理由は、
現地統括責任者の加藤が日本に一時帰国しており
その留守を預かるアムチが
毎日、デジカメでTCPの様子を撮影するも
PCでのデータの送り方が分からない…
なので新しい話題を、現地写真ともにUPできていない…
と言うのが実状です。

なので、今しばらくブログは東京事務所から
チベットにまつわるあれやこれやを
のんびりとUPさせていただきます。

ということで、今日はバター茶の作り方をご紹介します。
日本で身近に手に入る材料で、現地の味に近い風合いに仕上げています。


■バター茶の作り方■

材料(1~2人ぶん)
・水      100cc
・牛乳     100cc 
・ほうじ茶    2g
・バター     3g
・塩       少々

作り方
①鍋に、水、牛乳、ほうじ茶を入れて、あたためる。
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②やがてほうじ茶の香ばしいかおりが立ってくる。
 吹きこぼれに注意しながら、ひたすら煮る。
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③充分にほうじ茶の味が出たところで、塩、バターを加えて攪拌する。
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 攪拌するには、ステンレスの小さな水筒などにバター茶を移し変えて
 何度も上下によく振って頂くと、現地の雰囲気に近いバター茶になります。


バター茶といっても、チベットは広いので
各地方で、その呼び方も、作り方も、材料も違ってきます。
本日ご紹介したものは、その中でも一般的なバター茶です。

TCP報告会


昨日、12名のサポーターさんのご参加を頂き
TCPの報告会を、新宿で行ないました。

都心にあるとは思えない、広いお屋敷をお借りして
第1部は大きなTVに開校式の様子を映して、現地の様子をご報告し
第2部は、広いお庭の心地よいテラスで
ネパールのチベット難民の実状をお話したり
参加者からのご質問にお答えしたりしました。

当初、1時間半~2時間の予定でしたが
気がつけば3時間があっという間に過ぎていました。

デモや集会で、お顔を拝見しているサポーター様
これまでメールだけのやり取りで、初めてお目にかかるサポーター様
このような和やかな雰囲気の中、皆さんのお顔を拝見できましたこと
また、どのような方々が、どのような思いで
TCPをご支援いただいているのかを、肌で感じられましたこと
スタッフ一同、嬉しく思っております。
ありがとうございました。

あまりに皆さんと過ごした時間があっという間で…
報告会の最中の写真を撮り忘れてしまいました!!
申し訳ございません…。


ご用意したバター茶と、チベットのヤク乳のチーズ「チュラ」
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飲み終わったカップの底に、タシタゲ(チベット八吉祥)のマークの出た方には
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大きなFREE TIBETシールをプレゼントさせていただきました。
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ご参加いただきました皆様
休日にお運び頂き、ありがとうございました。



モラン・チェンモ


現地統括責任者:加藤が、1月にブッダガヤに出張していた時の報告です。

チベット歴10月の満月より10日間
インドのブッダガヤで、アヤン・リンポチェによる「ポアのティーチング」が行われました。
アヤン・リンポチェは、カギュ派のバロン・カギュの高僧です。
これは20数年にわたって、毎年行われているティーチングです。

「ポア」と言う言葉は、オウム真理教以後、日本では有名になりましたが
ポアとはもともとチベット仏教用語で「人の意識を移しかえる」ことであり
特に「死後に人の意識を移しかえる」ことを意味しています。

「ポア」には4つの種類があり、今回は
魂を阿弥陀浄土へと導き、魂を光へと解かしてゆく修業です。
この修業の間には、様々な形で煩悩が立ち現れてきます。
この修業が完成した人は、頭頂に穴が開き
その穴から液が出る人もいます。

↑頭頂に穴が開いて、液が出るなんて話、なんだか怪しいですよね…(苦笑)。
詳しくお知りになりたい方は、中沢新一さんの著書『雪片曲線論』を参照されてください。
中沢さんがチベットで修行された体験の講演録が載っており
その中で、この「頭頂に穴が開いて、液がでる。」話が出てきます。

講義の様子
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チベット人以外の人たちも、たくさん集っています。


この時期、ブッダガヤでは「モラン・チェンモ」と呼ばれる大祈願祭が
カギュ派とニンマ派によって執り行われます。
以前はゲルク派も大祈願祭に参加していましたが
一度、法王様の命をねらった事件が起こったため
その後、不参加となり、今では2つの宗派によって毎年行われています。

カギュ派のティーチングは、台湾と香港から熱心な中華系のサポーターが集結し
熱気に溢れています。
講義の内容は、チベット語を基本に、英語、中国語、韓国語に同時通訳されます。
同時通訳される言語で、どの国の参加者が多いのかは歴然としています。
ニンマ派のティーチングは、チベット語と英語で行われます。

夜の祈りの様子
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ジグメ・ピンツォの法要

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菩提樹の下で、祈る人々
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この時期のブッダガヤは、祈りが地上から天界まで吹き上げて
地球全体を包んでしまうような、そんなパワーに溢れています。


善光寺


2008年4月26日、北京五輪の聖火リレーが
日本は長野県において行われました。

その出発地点であった善光寺は
「同じ仏教徒として、チベット弾圧へ憂慮した。」ことを理由の一つに挙げて
善光寺境内で点火式を行ない、リレーの出発地点となることを
辞退されました。

この英断を、チベット難民達は忘れてはいません。

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このチベット国旗は、今回ネパールのチベット寺院のお坊様、尼僧様方から
善光寺さんへ届けて欲しいとお預かりしたものです。
下記の様なメッセージがチベット語で書かれています。

「日本のラマ(お坊様)に感謝申し上げます。」
「仏教の高僧様へ、チベットのためにありがとうございました。」
「私達チベット人のために、ありがとうございました。」
「チベットに自由が訪れますように。」
「世界に平和が訪れることをお祈りいたします。」
「多幸あれ。」

一年前、ネパールのチベット寺院のお坊様方は
「いっぱいチベット国旗振るからね。」と連絡しておいたため
衛星放送の入るテレビのある民家に集って
長野の聖火リレーの様子を、固唾をのんで見守っていました。
「全然、(チベット)国旗、映ってなかったよ。
 チベットサポータの方々は、きっと一生懸命活動してくれてたんだろうけど…ありがとう。」

善光寺の英断は、様々な国で高い評価を受けました。
チベット人やチベット難民の、日本に対する信頼も一気に上がりました。

大抵の物事は、時間とともに忘れ去られてしまうものです。
しかし人が、その存在をかけて成した行為は
長らく心に留まり、末代までも語り継がれるのです。

善光寺の勇気ある決断は、日本人にも、チベット人にも
誇り高く語り継がれることと思います。
ありがとうごうざいました。

TCP開校式報告会


TCP現地統括責任者の加藤が、日本に一時帰国いたしました。
これを機会に、TCPのお披露目会のような催しが出来れば思い
下記の日程にて、企画いたしました。


TCP報告会
日時:4月19日(日)15:00~
場所:参加者に別途お知らせします

内容は、開校式のご報告と、チベット難民の現状のお話です。
人数を限定させていただいて、内輪な感じで執り行いたいと思っています。
開校式の様子をご覧頂きながらのTCPの紹介に続いて
ここ2回ほどブログにも書かせていただいてる内容などのように
日本では、一般的に明かされていない現状や
それらを取り巻くチベット人の本心など
他のどこでも語られない現実を、お話できればと思っております。


開催場所は、新宿です。
広い庭が気持ちよい、大邸宅をお借りしています。
(開催の趣旨にご賛同頂き、会場を無償でご提供頂きました。)
素敵なロケーションです。

今回は、TCPのサポータ様、ならびにサポーターをご検討いただいている方を
対象にさせて頂きます。
既にサポーター登録頂いている会員の皆様には、別途メールにてご案内をお送りいたします。
それ以外で参加を希望されます方は、HPの問い合わせより
件名を「TCP報告会参加希望」として
お名前、ご住所、お電話番号をお知らせ下さい。
折り返し、ご連絡いたします。

今回は、東京のみの開催です。
東京近郊以外のサポーターの皆様、大変申し訳ございません。

当日は、日本にある材料で再現した「バター茶」をご用意します。
大変品質の良い「ツァンパ」も、チベット本土から入手しましたので
少しづつですが、お土産としてお持ち帰りいただく予定です。
ご参加をお待ちしております。

いつもご支援頂き、心より感謝申し上げます。

ネパール警察


今日も、シリアスなお話です。


2008年3月14日以前、観光客の多いカトマンドゥのタメル地区には
お土産用に、チベット国旗やチベット国旗を配した様々な商品が売られていました。
店先には、鮮やかなチベット国旗がはためいていたものです。

ラサ動乱以降、ネパール警察は
チベット国旗、及びそれらを配した商品を
取り扱わないように強制指導しました。

強制指導に訪れたネパール警察のなかには
ネパール警察の制服を着た、中国公安が混じっています。
昨年3月以降現在まで
ネパール国内に駐留する中国公安の数は2000人と言われています。
実数は、もっと多いとも言われています。

外国人の私達には分からなくても
ネパール人には、その制服の警官が
ネパール人で無いことなど、容易に見分けがつくのです。

上記の情報が、100%事実であるという証拠はありません。
しかし、何の根拠も無い噂を
ネパール人たちがささやき合っているとも思えません。


街からはチベット国旗が消えました。
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そのうち、これらのタンカも街から消されてしまうのかも…。
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衆生の苦しみを、減らすことが出来ないことを嘆いた観音菩薩が涙を流し
その右眼から流れ落ちた涙から生まれた「白ターラ菩薩」や
左眼の落涙から誕生した「緑ターラ菩薩」。
これらチベットでは、とりわけ人気のある両ターラ菩薩のタンカを
ダライ・ラマ法王が観音菩薩(の化身)であるが故、取り外せという日が来るなら
それはネパールにとっても、本当に悲しい歴史の始まりです。

本日4月8日は、日本では釈迦の誕生を祝う「灌仏会(かんぶつえ)」です。


生きとし生けるすべてのものの平和と幸福を祈って
(↑猊下がスピーチの最後に使われるお言葉を、マネてみました。)

電話の盗聴


今日はちょっと、シリアスなお話。

開校式に参加するため、ネパールで宿泊していた
「チベットゲストハウス」というホテルで起こった出来事です。
このホテルは、オーナーも従業員もチベット人というホテルです。

シンガポールから開校式にご参加頂いたYさんは
ネパール渡航の翌日に、ご家族が交通事故に遭うという
アクシデントに見舞われました。
幸い命に別状は無かったものの、手術が必要との事です。
事故後の状態や、手術のことを話すため
Yさんは毎日、シンガポールに電話していました。

3月10日の夜のこと。
手術を明日に控えたご家族と、Yさんは
怪我の状態や、手術のリスクや、術後のリハビリなど
色々な話を20分ほどしていたそうです。
その後、ご家族が
「そういえば今日は、ネパールで大規模なデモがあったとニュースで言っていたけれど、
 どんな状況だったの?」
と質問されたので
「私達がいたスワヤンブナートでは、危険は感じなかったけど、ボダナートでは…」
と言ったところで、回線が突然切れてしまいました。

どうやら電話が盗聴されていたようです。
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当たり障りのない話題の時には、全く障害がなかったのに
ネパールの実状を伝えようとすると切れてしまったのです。
このタイミングの良すぎる回線の切断を、盗聴と思う理由はいくつかあります。

それは、2008年3月14日以降、1ヵ月半ほどの間
ネパール現地責任者:加藤と、東京事務所:石川の間で交わされるメールのうち
ネパールのチベタンコミュニティーの活動の様子を写した画像データを添付したメールは
1通も届きませんでした。

また日本からのメールも、「チベット」「中国共産党」など
特定のキーワードを含むものは、ネパールに届いていなかったようです。
あまりにも突然音信が途絶えたことを、おかしいと思った石川は
試しに、全くチベットと関係ない能天気なメールを送信してみると
それは無事に届きました。

また、2008年3月14日以前は
ネパールから日本に届く封書は、開けられていたことなどなかったのに
現在は、全数開封されているようです。(私だけ?)
ネパールで開けるのか、日本で開けるのかは定かでありませんが
それ以前には無かった措置に、ちょっと驚いたものです。

チベット支援を昔からしている人にとっては
「そんなもの。」と言うレベルの出来事ですが
この様な体験が初めてだったYさんには、相当なショックだったようです。
ショックを受けたYさんには気の毒でしたが
チベット難民達が置かれている状況の一端を、
身を持って体験いただくことが出来て、意味があったのではないかと思っています。

遠足 その7


阿弥陀浄土行きが決定した子供たちは
お寺の裏手の広場へと、いっきに駆け上がります。

そこには、こんな水場が
全景

物知りアムチによると
この水で洗顔すると、美人になれるんだとか!!
早速、みんなで顔を洗います。
美人水1

さすがに女の子は、真剣。
美人水2
とても熱心に洗っていました。

広場の横手にある小さなお堂の中に入ると、かまどがありました。
そのかまどの灰には、多大なご利益があり
その灰を顔に少量つけると
何とこれまた、美人になるんだそうです!
ありがたや~♪

肌にも良く、傷口に塗ると治りが早いんだそうです。
肌細胞を、活性化するのかな??

最後にみんなで、お寺の前で記念撮影しました。
記念撮影

3箇所の巡礼で、既にひざがガクガク。
急な階段が、きつかったです…。
階段

こうしてこの日、物知りアムチの
丁寧な解説付きの巡礼遠足は、無事に終了しました。


遠足 その6


本日3ヶ所目の巡礼地は、
サンクーと呼ばれる場所にある、古い寺院。
階段
急な長い階段をのぼります。

途中、お参りのための手水がありました。
水場1
子供達は、すかさず頭と顔を洗います。
何故なら…ネパールはこの時期、大変な水不足。
特に今年は、異常気象で暑い毎日が続き
例年にも増して、深刻な水不足だったのです。
子供たちは数日、シャワーを浴びれないでいたのです。

水場2
ダワ・ドルマ 「はぁ~、スッキリした♪」

息を切らせながらのぼって、やっとお寺に到着。
寺
とても古くて立派なお寺です。

アムチがお坊さんにお願いをして
お寺の本堂を開けていただました。
お堂1

扉の上には、この様な立派な彫り物が…。
お堂2

扉の中には、ネパールで一番古いストゥーパ(仏塔)があります。
これは、ボダナートのストゥーパの原型となったもので
この中には、非常に古い仏像が納められているのだそうです(非公開)。
お堂3

さらに寺院の裏手に進むアムチ。
何かとあとをついて行くと、岩場の小さな穴の前に来ました。
穴1
この穴をくぐり抜けられるものは、来世において
阿弥陀浄土へ行けることが約束されるのだとか。
早速、子供たち全員を、阿弥陀浄土へと送り込みます。


「僕、いちばんのり~。」
穴2

「中が暗くて、ちょっとコワイよー。」
穴3
子供たちは全員、問題なく阿弥陀浄土行き決定です。

続いて、大人もチャレンジ。
穴4
現地統括責任者の加藤は、TCPの立上げの激務で、
年明けから非常に痩せたので、通り抜けることが出来ました。
「痩せるほどがんばって働くと、いいことあるものね。来世は阿弥陀浄土♪」

「それじゃあ私も!」とスタッフのツェリン。
「誰か~、引っ張って~!」
穴5

ちょっと頭が見えてきました。
穴6

「あれ、中に引っこんじゃったよ?!」穴7

「あーん、お尻がひっかかる~!!!」
穴8
残念ながら、ツェリンは通り抜けることが出来ませんでした。
でも、いつもやさしいツェリンは、充分に徳を積んでいるから
阿弥陀浄土、間違いなし!

ちなみに穴の大きさは
縦約36cm
横約21cm でした。



→遠足 その7へと続きます。

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