学校が再開しました!


今日から子ども達の学校が、再開しました!
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すみません、ネパールからの写真
何故かピンボケです…。

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やっと学校が始まって
学校好きの子ども達、嬉しくて仕方がありません。
でも残念ながら、当分の間、
学校の授業は午前中だけだそうです。

バヌバクタは建物の被災も一部で、
こうして学校が再開されましたが
石川が滞在中に見て回った学校の中には
生徒を収容するには、危険な状態になっているものもあり
そういう建物を、政府は把握しているのか?
登校するすべての生徒の安全は確保されているのか?
なし崩し的に、学校が始まっていないか?
などなど、色々と気になります。

ここ数日は、また余震と山鳴りが起こっています。
これ以上の地震と余震が、当分の間来ないでいてくれることを
心から願います。


本日を持ちまして、ネパール緊急支援の義援金の募集を
当初の予定通り、終了させて頂きます。
ご協力を頂きました皆様、誠にありがとうございました。


現在は山岳部の医療支援に限って活動をしておりますが
今後、雨季が始まると、大規模な地滑り、崩落などの危険が高まりますので
雨季入りを目途に、残念ながら支援を順次、終了したい考えでおります。

明日のブログでは、これまでに皆様の義援金で
実行できた支援について、改めてご報告をさせて頂きます。

支出については、集計を行っております。
まとまり次第、皆様にご報告をさせて頂きます。

被災地域の大きさに比べれば
どれほどの活動が出来たのかと歯がゆくも思いますが
災害の急性期においては、
ネパールに拠点のある組織としての地の利を生かして
活動が出来たのではないかと思います。
ご信頼くださり、義援金をお寄せくださいました皆様に
心より感謝を申し上げます。
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日常の風景


地震後は、何もかも生活が変わってしまって
慣れない毎日でした。
さぞやいろんなストレスが溜まっているのだろう…
そう思ってネパールに行った石川でした。
まだ学校は再開されていませんでしたが
それ以外の部分では、いつものクンデ・ハウスを
取り戻しつつありました。

いつもの様に、朝食後、
それぞれ分担の仕事をしています。
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食器洗い当番のチュインとイシが、
全員分の朝食の食器を手際よく洗います。

その奥では、犬当番のダワとペマが、
イチとリュウの食器をきれいに洗い、ご飯の準備。

タンクから、食器を洗い流す水を汲むイシと
トイレの洗浄用の水を、小さな容器で運ぶツェテン。
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右側に視線を向けると
洗濯当番のタシが、洗濯機でお洗濯。
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その裏手では、クンサンが衣類を手洗い。
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みんなの働きぶりを、のんびり見守る番犬イチ。
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…と、テラスでイチを呼ぶ、ダワの声が。

2匹のご飯を準備中のダワとペマ。
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家の中では、食堂の床を、一生懸命
ぞうきん掛けするチュズム。
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机も椅子も、全部一人で動かしました。
みんな本当に良く働きます。


こちらは1日の終わり、食事の後の時間です。
まだまだ元気の有り余っている様子。
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とにかく元気に、遊んでいます。
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そのうちに始まった「変顔選手権」。
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ちょっと恥ずかしい年齢になったので
「変顔選手権」には参加しなくなったクンサンが
横で笑っています。
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その頃台所では、明日の朝食の準備を手伝う
パサンの姿が。
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まるでアチャ・イシの助手のように、
よくお料理をお手伝いするパサン。

落ち着きと日常を、取り戻しつつあるクンデ・ハウスです。

地震の後、長く外出が出来なくて
だんだん男の子達のケンカがひどくなってきた時
思い切ってピザを食べに出掛けた事を切っ掛けに
子ども達の空気がとても変わったそうです。
いろんなストレスが一気に解放された様です。

いよいよ子ども達の学校が、31日から再開されます。
学校の建物の被災度も調査させて頂いて、全く問題なかったので
これで安心して送り出せます。

もうこれ以上の地震や余震が
当分のあいだ、来ないでいてくれることを
祈るばかりです。

建物の被災度調査


昨日のブログで、TCPの建物に関しては
居住可能と判断したと書きましたが
もう少し詳しく、写真を交えて
状況をご報告させて頂きます。

5月17日に初めて、ネット環境が整い
ネパールの加藤とFacetimeで話しをし
建物のクラックを画像で見せてもらいました。

その際に、一番懸念していたのがこの部分。
1階の階段の上り口の上です。
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真横にクラックが入っていて
もしかしてコンクリートが剥離して落ちるのでは?
と心配したのですが、この部分、
何とボードで出来ていました!
コンクリートと、ボードの取合い部分が
地震でクラックが入っただけだったのです。

日本にいる段階で、クンデ・ハウスの仕上げが
建築的にどのようになっているかは、完全には把握しきれていないので
実際の建物を見るまで、正しい状況が判断できませんでした。
確認できて、一安心です。

こちらは、アチャ・イシの部屋の壁です。
細いクラックが入っています。
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打音検査で、中の状況をチェック。
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問題は無かったです。

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テラスの手すりの飾りにもひびが入っていますが
重さを支えていないので、問題ないです。
余震で完全に割れた場合、破片の落下に気を付けなければなりませんが
避難経路ではないので特に問題としていません。

以上、様々な部分を調査した結果
クンデ・ハウスは、一部の壁に微細なクラックが生じたものの、
そのまま居住することが可能であると判断いたしました。

ただし、3点ほど、今後に備えて具体的な施策を行います。
一つ目は、駐車場のレンガ積みの塀。
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既に亀裂が入っており、今後の強い余震によって
倒れる可能性があります。
少なくとも駐車場側に倒れ込まないように、
補強をすることにしました。
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2つ目は、リビングのシャンデリアがつるしてあった天井の
飾りモールドの部分。
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剥離が見られます。
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落ちてくると危険なので、天井に近い位置に
ネットを張る事にしました。

3つ目は、らせん階段の最上階の天井の
こちらも飾りのモールド部分。
やはり剥離が心配されます。
こちらは1階の部分を、物置スペースにすることによって
子ども達が、入れないようにしました。


チベット予防医学室のクリニックは、
階段室の損傷がひどく、建物に入るのが危険に思われるとの報告でしたが、
実際に、壁のクラックは大きく見えるものの
表面のモルタルや隣の建物との境の部分に発生していて、
柱や梁の構造体には影響がないため
今後、使用する分には問題ないと判断しました。
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一番最初に地震が来たと聞いた時
その大きさから石川は
「これは完全に、ファサードのガラスが落ちたな…」と思いました。
写真のオレンジで囲われた部分です。
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でも、こちらも無被害でした。

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建物に使用されているモルタルは
もともと水分が少なかった特徴が、破片を見ると分かります。
つまりそれは割れやすいという事です。
このため、クラックが大きく見えていたようです。


子ども達の通うバヌバクタ学校につきましては
幼稚園などの低学年の校舎が一部損壊、
短大が倒壊したとの噂が回って来ていましたが
かなり事実とは異なっており、
短大の寄宿舎の1階部分に損傷が見られました。

子ども達の学年が使用する校舎は
寄宿舎からは離れており、また、校舎に損傷はなく、良好な状態でした。
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教室内も、クラックなし。

階段室も、非常にきれいな状態です。
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水飲み場の塀など、建築的に弱いと思われる部分にも
被害はありませんでした。
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学校が再開されても、安心して通うことが出来ます。


カトマンズ武道館は、2階の立上がりのレンガの壁が崩落しています。
武道館
三角形の空間が開いている部分です。
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天井の4隅が破損していました。
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床の一部分が盛り上がって割れている箇所もありましたが、
構造体には大きなダメージがなく、補修すれば使用可能と判断できます。
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ただし、崩落した壁から入る雨水が、天井や床を濡らしてしまうため
雨季に入る前に補修することが望ましいと思いました。
現実的には、補修に数百万円程度の資金が必要と思われますので
応急処置として、一刻も早く、雨水が入らないようにシートで覆うことが必要です。

もともとこれは、外務省の「草の根文化無償資金協力」によって
建てられたものです。
現在もネパールは、この資金協力の対象国になっており
今後、少し落ち着きましたら、補修費用などの申請も可能なのかどうか
探りたいと思います。

以上が、TCPと子ども達の生活圏の建物被災度調査結果です。

建物の被災度


ネパールでの建物の被災度チェックを終えて
本日夜、帰国しました。

結論から先にご報告させて頂きます。

クンデ・ハウスもクリニックも
今後、余震が来ることを想定しても
現段階で居住することに問題はありません。

予想していたレベルより
ずっと軽微な被害でした。

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クラックの周囲を、打音検査。
音の違いで、壁の中の状態を判断します。

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木枠と壁の取合いの部分は
どうしてもクラックが入ってしまいます。
これは仕方のない事なのですが
多分、専門知識がないと
「入り口が壊れる!」と思いがちな部分です。

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今後の余震を想定し、
対策を施しておくべきと判断した部分には
具体的な案を考えてきました。

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ひとまずこれで、安心して生活できます。
「OKです!」

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こちらも「OKで~す」。
石川が持ち込んだ、現場用のヘルメットを被るのが
子ども達の間で、ブームになりました。

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小さなデチェンも「OKです!」

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心配されたクリニックも
特に建築的には問題なく
今後も居住可能です。

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こちらも「OKです!」

クリニックの階段室には、
柱際に派手にクラックが入っているので
アムチは「もうこの建物はダメだ。壊れる」と思っていました。
確かに、表面のモルタルにクラックが入っていますが
構造体には影響していません。

割れた薬瓶は、既にアムチによって補充され
診察も可能な状態に復旧しました。

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建物に使用されているモルタルは
もともと水分が少なかった特徴が
破片を見ると分かります。

明日以後、建物に関しての詳細を
改めて、ご報告させて頂きます。

ひとまず、TCPの建物は居住可能です。
行って自分の目で確認して、やっと安心できました。

現在の支援状況


ブログを帰国までお休みします…
と言いつつ、バンコクでトランジットの時間が空いたので
現在のネパール緊急支援の義援金による
活動状況についてお知らせします。

地震の初期には、カトマンズ郊外の避難者にも食事を提供しておりましたが
想定よりも早い時期に、カトマンズでは物流が回復したため
被災者自身の自助努力も必要と判断し、こちらは比較的に早い時期に
より困難な山岳部への食糧支援へと切り替えました。

12日の余震以後は、
被害の大きかったタトパニの山岳部とシンドゥパルチョークを
重点的に支援してきました。
ツム、ラスワにも支援隊を送っています。

現在は、これらの被災地区に
主に医療支援を行っております。

EyeAssociation FortheHimalayanがこれまで支援してきた
SMDというヒマラヤの子ども達の通う学校の生徒さん達が
先日、山岳部の支援に出掛けた時、
地滑りに遭遇し、大変危険な状態に一時置かれる事になりました。

石川が先日参加した土木学会の先遣隊調査発表でも
今後、雨季に入ると、より一層道路の崩壊や地滑りが
山岳部で発生するとの注意喚起がなされていました。

もうそろそろネパールは雨季です。
支援の必要な村はまだまだありますが
支援する側の装備、能力を冷静に見極めた時
これ以上の山岳部の支援は、非常にリスクが高いと考えております。
支援者が被災してご迷惑を掛ける事の無い様に
しなければならないと思っています。

これまでのネパールで活動してきた際に築いた信頼関係により
出来るうる限りの人脈と、それぞれのスキルを使って
より困難な地域にフォーカスして支援活動を行ってきましたが
5月末日を持って当初の予定通り、義援金の募集を締め切り
支援活動につきましても、一旦収束したいと考えております。

ネパール緊急支援にご協力を頂きました皆様
心より感謝申し上げます。

義援金の総額と使途につきましては
5月末日に募集を締め切りました後に
改めてご報告させて頂きます。

今後の活動としましては
TCPは、対外的なアクションは一旦収束させて
生活を再建し、診療所を早期に安全に再開させ
スキルが発揮できる部分で、
ネパールに貢献したいと考えております。

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。

ネパールへ


東京事務所の石川は、これから深夜便に搭乗して、
ネパールに向かいます。

予定通り、建物の被災度を調査して参ります。
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今回のチケットに許された
預け荷物の重量は、1人30㎏。
ネパールに運びたいものは色々とあるので
何とか積載重量制限の緩和をお願いしましたが…
再三お願いしましたが…

残念ながら、今回は認められませんでした。

支援物資をネパールに運びたいという要望は多く寄せられており
全てに対応できないとの事。
確かにそういう要望は多いでしょうし、仕方がないですね。
それでもスタッフの方が骨を折ってくださいましたが
たまたま搭乗する便が
共同就航便で、チケットを買った航空会社とは別の会社の機体に乗ることなど
なかなか融通が利かすに、結局運べる物資は、預け荷物が60Kg となりました。

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カトマンズの空港であれこれ言われないように
「Relief supplies」と書いておきました。
ネパールの国旗と、途中で荷物が無くならないように
通し番号も、大きくふっておきました。

中身はほとんどがテントです。
後はアムチに頼まれた医療器具と
子ども達のためのサッカーボールなどです。

明日の昼、カトマンズに到着後、
早々に調査に入りたいと思っています。
26日の夜に戻ります。

短い滞在なので、被災建物の診断に集中するため
帰国までの間、ブログをお休みさせて頂く予定でおります。
あしからず、ご了承ください。

戻りましたら詳細を
ご報告させて頂きます。

日常


4月25日の地震の後、
クンデ・ハウスはリビングのシャンデリアを外しました。
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余震が怖くて、もうシャンデリアなど
付けていられなかったのです。
洒落た内装は、オーナーの趣味なのですが
きっともう、このシャンデリアは
日の目を見ることは無いのではないかと思います。


学校も無くて、暇なので…
子ども達、運動にゲームを交えて
体を動かしています。
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いわゆる「空気椅子」。
誰が一番、長く続けられるかな?

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四足歩行。
毎日やったら、筋力がつきそうです。

ネパール政府の発表では、学校の再開は29日です。
もう来週には、学校が始まる予定なのですが
先生も生徒も揃わないので、授業が成り立たないのでは?と噂されています。

人々はカトマンズを離れて、田舎に帰ってしまいました。
寂しくなるぐらい、人が減ってしまったカトマンズです。

日本人的に考えると
「どこに行っても地震は来るし、田舎の山間部の方が危ないのでは?」
と思うのですが
何故か、みんな田舎に避難するのです。
地震直後には、カトマンズを徒歩で脱出する人の行列が
山間部に向けて、長く続きました。

カトマンズの人口が減ったお蔭で
電力の消費の総量が少なくなって
お蔭で、いつもより電気が来る時間が長いです。

TCP第3回医療チームの派遣


本日、第3回目のTCP医療チームの派遣から、アムチが戻りました。
今回は、2回目に行ったワスワから、さらにチベット国境付近の地区に
医療のみならず、たくさんの物資を持って、3泊4日で行きました。

行った場所はこんなところです。
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もうすぐそこ、国境を越えればチベットです。

今回の派遣の準備は、子ども達も大いにお手伝いしました。

まずは、物資の買い出し。
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段ボール数個分の大量の薬品の仕分け。
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アムチの指導の下、みんなで薬を仕分け&小分け。
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一番小さなペンバも手伝っています。
小さい子は、パッケージを開ける係。
年中&年長さんは、指示通りに薬を分別、パッキング。
こういう時、クンデ・ハウスは
お手伝いの手の数が多いので助かります。

今回の支援物資の半分は
何とカム、ナンチェンの方々の義援金で買わせて頂きました。
困った時に助け合う、自分を投げ出してでも助け合う
そんなカムやナンチェンの人々の気質が出ています。

マット、ビニールシート、布団、サンダル、
食料(米、ダール、即席ラーメン、塩)などを準備しました。

「なぜサンダル?靴じゃないの?」と思われるかも知れませんが
これは、直接、今回の被災地域の人から出た要望なのです。
山岳部の方々は、民族にもよりますが、特にチベット系は
チャッパル(サンダル)を履いている事が多く
靴を持ち込んでも喜ばれないのです。
(勿論、地域差があると思います)

靴はサイズが限定されるので、
少しでも大きさが合わないと履けませんが
チャッパルだと、多少のサイズの大小は構わずに履けるので
そういう点でも、無駄が無いです。

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テントでは、アムチの脈診を実施。

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チベット系の方々なので、
アムチの治療は、皆さんに大変喜んで頂きました。

ネパールの様に、山岳部に色々な民族が住んでいる場合
それぞれの価値観や、生活習慣が違うので
この様な支援をする場合は、
可能であれば同じ民族の所に行くのが
お互い事情もよく分かって、安心できると思います。
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物資の配布。
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マットと食料をお配りしている様子です。

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滞在中も、地滑りが起こりました。

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一日働いて、夜は火を囲みながら野宿です。
こういう時、ささっと平気で野宿できるのが、さすがにチベット人。
今回の医療支援は、アムチの患者さんで
日本から支援物資を運んでくださった
フォトグラファーの有賀正博さんも同行して下さっています。

ブログでとても分かりやすく
山岳部の支援の様子を、
報告して下さっています。
「ヒマラヤのふもと、チベット村へ救援物資を届ける旅」

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。


様々な支援


これまでネパールに、深くご縁のある方も、ない方も
実に多くの方々が、ネパール大地震緊急支援にご協力下さっています。

5月8~10日に、開催された神田祭り
京都の祇園祭、大阪の天神祭と共に
日本の三大祭りの一つにも数えられるこの神田祭に
有限会社 中むら様のお声掛けにより
町会神酒所に募金箱を設置させて頂きました。

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TCPの募金箱。

TCPの製作したリーフレットもお配り頂いて
懸命な募金活動をして頂きました。
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この結果「神田紺屋町南町会」様より
75,244円の義援金をお寄せ頂きました。
ご協力頂きました、町会の皆様、募金をして下さった皆様
本当に、ありがとうございました。
こんなにもたくさんの義援金をお寄せ頂き
スタッフも大変、励まされました。


また5月16日(土)には、粟島神社において
AYACO(橋本あやこ)様、macha(古屋雅子)様、小川彰子(アキ☆)様の3名の講師により
1部 :チベット体操
2部 :祈り+クリスタルボウル&シンギングボウル演奏
という構成で、ネパール大地震支援のチャリティーイベントを開催して下さいました。
こちらも、たくさんのご参加を頂き、
義援金59,000円をお寄せ頂きました。
チャリティーイベント集合写真
シンギングボールをお持ちの3名が講師の皆さんです。

このイベントは、
「10年ほど前にネパールへ旅行に行った際に、加藤さんに大変お世話になりました」
とおっしゃってメールを下さったヨガ講師のYさんが
FBを通じてTCPのネパール緊急支援をご紹介くださり
それをご覧になった小川彰子様が、発起人となって
企画してくださったものです。

お顔を拝見したことのない関係性ではありますが
こうして、信頼して義援金をお寄せくださり
誠にありがとうございます。
お寄せ頂きました義援金は、
現地スタッフ、関連施設のスタッフを通して
100%被災者の方々に届きます。
講師の皆様、ご参加くださいました皆様、
誠にありがとうございました。


サポーターの方からも、色々とご支援いただき助かります。
本日届いた宅急便がこちら。
タチェンの里親さんからです。
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手動で発電できる懐中電灯。

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スイッチを押してハンドルをはね出して
その部分を握る事によって、発電されます。
LED3灯は、内蔵のボタン電池でも点灯します。
蓄電は出来ませんが、子ども達が夜間に使うには
十分な性能です。
何とこれ、100円ショップでお買い求めになったそう。
何軒か在庫を見て頂いたり、
一度売り切れた店舗も、補充されてないかと足を運んで頂いたりして
こんなにたくさんお送り下さいました。
ありがとうございます。

会員サポーター様からも
子ども達にお手紙が届きました。
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名古屋の大学でアボリジニ学を教えておられる
青山晴美先生からです。

青山先生は、アボリジニ学の専門家であると同時に
アボリジニの教えや世界観を
絵を通して表現するアーティストでもあります。
アボリジニも誤った政府の政策の犠牲になり
苦難に満ちた時代を過ごさざるを得なかった人々です。
石川も2度ほど、青山先生のアボリジニ学の
特別講義を受けたことがありますが
アボリジニもチベットも、人類の財産ともいえる深遠な知恵を
伝承する民族だと言う点で、共通性を感じました。

先生がお描きになったパワフルな絵と
そこに添えられたメッセージを、子ども達に届けたいと思います。
ありがとうございました。

子ども達へは、日本のお友達からも手紙が届いています。
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クンデ・ハウスと絵手紙交換をしている
「アトリエfun」のお友達から
それぞれ文通相手のメンバーに、お手紙を頂きました。

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あかりちゃんから、パサンへ。

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はるなちゃんから、カンドへ。

全員分のお手紙を頂きました。
どれも地震で大変であろうネパールの状況を気遣って
元気あふれるメッセージでいっぱいです。
大事にお預かりして、お届けしますね。
ありがとうございました。


今年3月にご訪問頂いた、番犬リュウの里親さんからは
子ども達、一人一人に写真とメッセージを頂きました。
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リュウの里親さんなので
リュウへのメッセージもあります(笑)。
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地震のちょうど一カ月前の写真です。
この時とは、色々なことが変わってしまいましたが
また絶対に、安心して過ごせる日常を取り戻そうと思っています。

ネパール緊急支援に、義援金をお送り下さった皆様、
こうして様々な形で、ご支援くださる皆様
ありがとうございます。
心より、御礼を申し上げます。

被災地の支援は、継続しております。
長くなりましたので、現在の支援状況は、
明日のブログでご紹介させて頂きます。

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。

お出掛け


ネパール政府は当初
ネパール歴の1日に当たる今月15日から
「学校を一斉に再開するように」との通達を出していましたが
さすがにそれは、無理でした。

報道によりますと
ネパールには3万5000校の9万棟に28万の教室があり、
そのうち全壊は、12日の余震の前までで、約4%との事。
それでも教室1万2470が全壊している計算です。

ほとんどの学校の校舎はレンガ造りで
(せめても日干しレンガでなく、焼成レンガであって欲しいですが)
特別な手当てがなされていない限り
耐震性など、期待できません。

バヌバクタ学校も、当初、
「高学年の校舎が壊れた」との連絡が回ってきたので
小学校の高学年の校舎の事だと思ってひやりとしましたが
実際、倒壊したのは短大だった模様です。
但し、幼稚園の教室にも被害が出ていて
当面、教室は使えないそうです。

最新の情報では、またもやネパール政府から
「学校の再開は29日」と通達がありましたが
耐震力のない校舎に、16名もの子どもを送り込む事が不安で
また校舎以前にも、余震で生徒の間にパニックが起きないかと心配で
学校に行かせるのかどうか、判断に迷います。

そんな訳で、長い春休みの後
自動的に震災休みが続いている子ども達、
もうエネルギーが有り余って、有り余って仕方がなくて…
夜もなかなか寝ません。

もちろん、夜の余震や山鳴りが不安で
寝付きにくいのもあるのだと思いますが
学校に行って、
剣道のお稽古に行って、
帰って来て急いでご飯を食べて
お経の練習をして、
バタンキュー!!という生活だった
あの眠りの深さを、何とか子ども達に与えたいものだと思います。

少し余震も減ってきたので
今日は、全員でタメルにお出掛けしました!!

ちょっとそれぞれにおしゃれして
クンデ・ハウスから1時間半以上も歩いて向かったのは
美味しいピザ屋さん「Fire and Ice」。
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カトマンズで、一番美味しいピザ屋さんで
子ども達は、以前、サポーターさんに
テイクアウトでご馳走になったことがあります。

常に新鮮なヤクミルクで作ったチーズで
育ってきたアムチに言わせると
「(西洋の)チーズの臭いは、古いチーズの臭いだ!」と毛嫌いするのですが
子ども達は、大好きです。
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地震の後で、色々大変だけど
こんな時こそ、美味しいものを食べて元気を出そう!
という企画です。
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ここの所、かなり食事とおやつが豪華なので
子ども達、ストレス発散になっている様です。

でも、今日のランチを「Fire and Ice」にした理由は
もちろん、このお店が美味しいという事もありますが
タメルの店が1割ほどしか営業していないということに加えて
もし万が一、地震が来た場合、
この店はすぐに外に避難できる作りなのです。

地震の後、誰もが何をするにしても
「すぐに逃げられるかどうか」を考える
そんな習性になってしまいました。

ピザの後は何と!
アイスクリームも食べました。
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幸せなひと時。
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アイス屋さんの可愛い番犬。
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今日の夜、地震後初めてクンデ・ハウスのネットが開通しました。
加藤がFacetimeを掛けてくれて、久々にリアルタイムの動画で話しました。
子ども達は、代わる代わる電話に出て
今日の素敵なピザとアイスクリームの話をしてくれました。

みんなたくさん歩いて、美味しいものを食べて
良い笑顔になっていました。

懸念していたクンデ・ハウスの建物も
出来る限り、画像で確認しましたが
コンクリートが剥離して
落下する危険をはらんでいると思われる場所もあり
やはり早く詳細にチェックして、対策を打ちたいです。

比較的、経済的な余裕のある方が建てた、
頑丈(と思われる)作りのクンデ・ハウスの建物でさえこうなのですから
他の一般の民家などが、どうなっているのか
とても気になります。

「どんな事が起こってもそれが、その人が受け入れるべき人生なんだよね」
そんな事を、現地スタッフの加藤と話しました。
亡命して難民になったり、逃れた国で震災にあったり
どれも困難な体験ではありますが
粘り強くこの境遇を生き抜いて
みんな幸せにならなければ!と思います。

心のダメージ


5月12日に発生した、マグニチュード(M)7.3を始めとする
大きな数回の余震は
ネパールの人々の心を、完全に打ちのめしました。

震災直後、あまりの突然の出来事に、みんな呆然としました。
それでも地震から18日が過ぎ
がんばろうと気持ちを上向きにセットし
再建に向けて、具体的な事を考え始めようとしていた矢先に
起こった余震だったのです。

完全に、心が折れてしまいました…。
残念ですが、正直、この気持ちから立ち上がるのは
時間が掛ると思います。

子ども達もけなげに頑張っていますが
余震後また、高熱を出したり、吐いたりしています。

大人に元気がないと、子どもが不安を察するので
TCPスタッフはお互いを励まして
モチベーションが下がらないように、一生懸命やってくれています。

でも町全体は、閉塞感と諦めに覆われています。
カトマンズの人口も、1/3まで減ったとか。
タメルあたりも地震後、数日で店を開けていたのに
余震の後は、1割程度が営業しているにすぎません。
従業員が、危険だと噂のカトマンズを離れ
田舎に帰ってしまったので、どこの店も営業がままならないそうです。

クンデ・ハウスも、連日何度も起こる余震で
だんだん壁のひびが増えて、ひびの幅も大きくなってきていると
加藤が不安を伝えてきました。
構造体は大丈夫だと思うのですが、やはり見てみない事には
何とも判断がつきません。

本日からTCP医療チームが、日用品の物資も含む
山岳部の支援に出掛けました。
2回目と同じくラスバに向けて出発しましたが
この地域は広いので、目指すのは同じ村ではない様です。

支援物資の運搬をお手伝い下さったフォトグラファーの有賀さんが
昨日、子ども達とアムチと一緒に裏山へ
ピクニックに行って下さった様子を、ブログにUPして下さっています。
5月15日ブログ「チベットの子供たちとピクニックへ」

有賀さんは現在、クンデ・ハーバルクリニックで治療を受けてらっしゃるので
どうやら一応、建物は入れる状況の様子です。
地震後のアムチの報告は「もう建物に入るのは無理!」という事だったのですが。

アムチは地震がとても苦手で、
2011年8月に来日した際、東京で震度3程度の余震を体験し
腰が抜けて立ち上がれなくなっていました。
怖くて口もきけなくなっていたので、相当ショックだった様です。
なので今考えると、アムチの報告はかなり「盛っていた」かも知れません。

加藤がクリニックを片付けに行った時には、室内はひどくバラバラでしたが
一応、建物は入れるとの事でした。
但し、一階から最上階まで、幅が1センチ以上もある亀裂が
縦に貫いているので、安全とは言い難い…とのことでしたので
このあたりもシッカリと被災度診断をしたいと思っています。

これまでの支援活動


ネパール大地震の発生から、3週間が過ぎました。
被災地は、急性期から亜急性期をへて
カトマンズ市内においては
そろそろ亜急性期の時期も終えようとしています。

TCPとEyeAssociation FortheHimalayanでは
ネパールに活動拠点がある地の利を生かして
急性期の支援を主な目的として
活動を開始しました。

これまでにお寄せ頂きました皆様の義援金により
実現した支援活動を
振り返ってみたいと思います。


ルンビニ医科大学病院の医師、看護師全員を
50万円分の医薬品、輸血と共に
一番被害の激しいゴルカ地区へ派遣。
ルンピニ大学病院の医師団を被災の禿皮脂地区に派遣しました

ゴルカ撤収後、医療チームは
パルパ西部の全壊した地区へ。
医療チーム1

骨折された方には、ギプスを。
医療チーム5


避難してこられた方々への、食事の提供。
避難する人たち


生存者の捜索活動。
救助活動1
救助活動2

ネパール軍と協力しての
ガレキの撤去作業。
ガレキ撤去
ガレキ撤去2


山岳部の被災地への食糧支援。
食糧支援5

車で行けない場所へは、徒歩で食糧支援をお届け。
食糧支援8
食糧支援2


トラックを使っての、支援食料の買い付け。
image2_20150503011305cf3.jpg

記録を付けながら、村での食料配布。
image5.jpg

秩序を守り、食料支援の列に並ぶ人々。
image7.jpg


給水支援。
支援2


伝統的な治療法による医療チームの派遣。
医療活動1

皆様のご支援のお蔭で
上記のような支援活動を行う事が出来ました。
心より、感謝申し上げます。

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。

建物の安全性


4月25日に起きたマグニチュード(M)7.8の地震と
5月12日に発生した、マグニチュード(M)7.3を始めとする
大きな数回の余震を体験した現在
ネパールに暮らす人々は、色々なことに不安を感じていますが
そのうちの大きな不安の1つは
「今住んでる建物大丈夫なの?」と言うものです。


子ども達が大好きな剣道。
お稽古場の武道館も被災しています。
武道館
これは25日の後に撮影したものです(余震の前です)。

2階の梁の上の立上がりの壁が
全部、崩落してしまって
すっぽりと三角形の空間が開いています。

これだけの面積のブロック(もしかすると焼成レンガ)が
バラバラと落ちて入り口を塞いだりしたのを見た方は
「武道館が、大変なことになってる!」と
思われたのではないかと想像します。

天井も、仕上げ材が
部分的に外れてしまっています。
武道館 (2)

加藤によると、床材もひどく波打っていて
割れているそうです。

こんな状況を見てしまうと、一般の方には
武道館が、激しく壊れてしまったように
思えるのではないかと想像するのですが
立ちあがりのブロックが崩落するのも
天井材が落ちるのも
建築的には予想できたことです。

本当の被災度合いは、
構造体がどれぐらいダメージを受けているか
クラックがどの位置に、どういう状態で入っているかなど
総合的に全体を見ないと判断できません。

昨日、東京大学 生産技術研究所で、土木学会主催の
「ネパール地震 地震被害調査結果 速報会」と言う報告会が開催され
東京事務所の石川も建築技術者のはしくれとして、参加してきました。

ヒマラヤ域のプレートやテクトニクスの特徴
ネパールの構造物の概論について1時間の発表の後
3つの先遣調査隊の報告が行われました。

いずれも数日間の限られた調査時間の中で
まとめられた速報です。
地震の波形から読み取れる特徴と地震力の大きさが
建物の被害と一致していない事など
(つまり平たく言うと、大きな地震だったのに、その割にはカトマンズ市内の建物の被害が少ない)
今後、更なる解析が求められますが
個人的には、色々と収穫のあった報告会でした。


地震後、クンデ・ハウスでは
子ども達の安全を確保するため、寝る際に
建築的な観点から、いくつかのことをやっています。

具体的にいうと、
・より小さい部屋に、子ども達を寝かせる事(構造的に強い)
・2段ベットの下の段に2人づつ寝かせる事(万が一の際の生存空間の確保)
・必ず窓のカーテンは閉めて寝る事(ガラスの飛散防止)
などを実行しているのですが、昨日の速報会で初めて知った知識としては
組積造の建物では、万が一、生存空間が確保出来ても
「粉じんがひどくて呼吸が出来ず窒息するケースが多い」という事です。

ネパールでは組積造(石、コンクリートブロック、レンガなどを積み上げて作る)の建物が多いのですが
日本で仕事をしていると、組積造の建物を作る依頼はまずないので
それが、実際に壊れた際にどうなるのかは
建築に関る人の間でも、一般的には知られていないのです。

この事実を踏まえて、また子ども達の寝る場所について
再検討し、対策を考えます。

こんな状況だと、野原にテントが一番安全!みたいな結論になるのですが
それとて、ジャッカルが出るこの地区では、また別の危険もありますし
当面、倒壊する危険にさらされていないならば
居住性を考えると、はやり建物内で生活したいものです。

とはいえ、詳細な被災状況を確認し
建物の安全性を判断する必要がありますので
石川は夫と2人で、来週からネパール入りし
建物の被災度を診断してきます。
2人とも1級建築士ですが、
旦那さんは構造を専門とする技術者なので
より高い専門性で、被災度を診断できると思います。

クンデ・ハウス、クンデ・ハーバルクリニックを始め
カトマンズ武道館、子ども達の通うバヌバクタ学校
常日頃お世話になっている在住日本人の方々のご自宅などを
回る予定です。


実はちょっと驚いたのは、
震災後、比較的早い段階で
ネパールの政府が派遣したと思われる
「応急危険度判定士」が
(日本での名称はこれですが、ネパールではどういう資格の方か分かりません)
被災建物の危険度を判断し、
赤…危険
青…やや危険
緑…安全

という紙を貼って回っていたという報告が
Facebookに上がっていました。
応急判定
こちらから写真をお借りしました

まさかこういう方がネパールに居て
震災後の混乱した中で
この様な事が行われるとは思っていなかったので
「ネパールって、なかなかすごい!」と思いました。

でもちょっと突っ込ませて頂くと
赤が危険なのは誰でも分かるのですが
緑と青の安全性の度合いが、いまいち不明確で
青が「やや危険」と言うのは、
感覚的にはピンとこない感じなのではないかと
勝手に心配になっていました。

日本人的な感覚としては
青は「そこそこ安全」みたいな色に思えるのですが…。
あくまで個人的な感想です。
色の一般性や意味合いは、民族によって異なるので
もしかしたらネパール人的には、
青は結構、注意喚起の色かも知れません。

ちなみに、日本では
赤…危険:立ち入り危険
黄…要注意:十分注意
緑…調査済み:建物使用可能
という区分けです。
あくまでも、二次災害を防ぐための
「緊急性」「暫定性」を含んだ判断です。

応急危険度判定は、クンデ・ハウスのあたりには
来て頂いてない様です。
とにかくまずは、詳細なクンデ・ハウスの建物診断をして
安全性を確認し、安心したいです。

余震


昨日は、大きな余震が何度も起こって
残念なことにまた、少なくとも数百人の単位で
人が亡くなっている模様です。

地震発生から18日、
少し日常を取り戻してきて
人々の気持ちも、前向きに
リセットされかけていた時期の余震だけに
昨日、何度も起こった強い余震は
人々の心を打ちのめしました。

午後の数度の大きな地震に続いて
夜中にも、2度、大きな余震がありました。
最近、子ども達はそれぞれ、部屋のベッドで寝るようになっていましたが
昨日は、全員で居間に集合して寝ました。
余震の度に飛び起きて、玄関扉の前に集まりました。


第2回TCP医療チームの派遣から戻ったアムチ。
その時の、活動の写真です。
第2回TCP医療支援 (4)
仮設のビニールシートのテントでの診察。

被災地の村にたどり着くまでの道中は
この様な状況だったそうです。
第2回TCP医療支援
巨大な落石で、車が押しつぶされています。

第2回TCP医療支援 (3)
地滑りが発生しています。

第2回TCP医療支援 (2)
ゴンパも壊滅的な被害です。

明後日、第3回目の医療支援に出発する予定のアムチでしたが
昨日の余震で、途中の道が地滑りを起こし
道路が寸断されてしまったので
今日現在、出発を見合わせとの判断です。

アムチの診療所も建物にダメージを受けていますが
再建について具体的に考える間もなく
より困難な被災者の支援に尽力するアムチです。
けれどもより困難な現場に身を投じているからこそ
目を覆いたくなるような光景も、目にしていますし
個人の能力ではどうにもできない現実にも直面しています。

人に尽くし、忙しさの中に自分を追い込む事で
心から不安を追い払おうとしていますが
被災後の急性期が終わった後、
一挙に疲れが出なければいいなと、案じています。

そろそろ、被災者を支える被災者の
心のケアをしなければいけない時期が、来ていると思います。


…なんて、重いトーンのブログで終わるのもナンですので
余震から一夜明けたクンデ・ハウスの様子をお伝えすると
本日の夜は、エリ先生のお誕生会開催のため
子ども達、はじけてますっ!!!
電話の向こうは、既にものすごく盛り上がっていて
石川の国際電話は、早々に切られてしまいました!
切り替えの早さも、楽しむ事も、今に集中する事も
得意な子ども達、逞しいです。

大きな余震


ロイターの速報が伝えるところによりますと
米地質調査所(USGS)が提供する情報を元にした情報として
本日12日 ネパールで

16:05 マグニチュード(M)7.3  
16:17 マグニチュード(M)5.6  
16:36 マグニチュード(M)6.3  
の地震が発生したとの報告です。
(発生時間は、いずれも日本時間です)

EarthquakeNepal-MoHAのツイートによると
「7.1 Richter Scale Earthquake; Epi Center: Between Dolakha and Sindhupalchowk」
今回の震源は、4月25日の地震で
もっとも被害の大きかったと言われている地域です。
ロイターの震源地マップを見る限り
上記3回の地震は、少しづつ震源がずれている様です。
詳しい事はまだ分かりません。
現在、速報として上がっている情報なので
今後、訂正される可能性もあります。

この直前まで、加藤と電話で話していました。
地震の直後に電話をしましたが、この方面への通話は
大変込み合っているので繋がらないとのアナウンスです。

25日の地震で、どの建物も少なからずダメージを受けているので
この大きな余震で、さらに被害が拡大しないか懸念されます。
新しい状況が分かり次第、お知らせします。

TCP東京事務所


■17:35追記■
 
時刻      規模               震源
16:05 マグニチュード(M)7.3  18km SE of Kodari, Nepal
16:17 マグニチュード(M)5.6  25km SE of Kodari, Nepal
16:36 マグニチュード(M)6.3  33km NNE of Ramechhap, Nepal
17:06 マグニチュード(M)5.0  34km S of Kodari, Nepal
17:13 マグニチュード(M)5.1  9km SW of Kodari, Nepal
(発生時刻は日本時間で表記しております)


■17:50追記■

加藤と連絡が取れました。
子ども達、スタッフ、全員無事です。
加藤は、第3回TCP医療チーム派遣の準備のため、アムチとタメルに居ました。

地震と同時に、人々は
一斉に建物の外に飛び出し、駆け出し、逃げまどい
大きな叫び声があちこちから響いて、
そのパニック状態が一番怖かったとの事です。

子ども達の様子


余震もやや少なくなってきたネパール。
クンデ・ハウスの裏山の山鳴りも、
回数が少なくなりました。

でも、子ども達は
地震以来、とても音に敏感になってしまって
夜中でも、ちょっとした音に目を覚まし
玄関に集合するようになりました。

それでも少しづつ
日常を取り戻しつつある、クンデ・ハウスの様子は…
午後のティータイム。
子ども達の様子
外にも出られないし、余震も怖いし…で
ストレスがたまり気味な子ども達。
現在、ちょっと甘やかしてます(笑)。

こんなにクンデ・ハウスでおやつが出るのは
ロサルと法王様のお誕生日ぐらいですから
非常事態に乗じた、大盤振る舞い!です。

別の日には、アイスクリームも!!!
子ども達の様子 (2)

アイスクリームなんて、特別中の特別です!!!!
子ども達の様子 (3)
ペマ、嬉しそうです~。

現在、ネパールは政府からお達しが出ていて
国として喪に服すため、
この1ヶ月は、肉の販売が禁止されました。
なので、お肉屋さんは閉店中。

サカダワも始まるので、人間は良いとしても
TCPの番犬、イチとリュウにとっては
食べ物に困ります…。
仕方なく、ドッグフードを買いました。
ネパールではドッグフードはとても高価です。

いつか地震が来るかも…という認識はありましたが
実際の備えはほとんど具体的にしておらす
その点を、反省しなければならないと思っています。

今回の事を教訓に
地震後のサバイバル生活について
対策を考えなければと思っています。
きめ細かに予測を立て、準備が必要です。

5月4日 (3)
外に出られず、学校に行けず
元気の有り余っている子ども達。
男子の喧嘩が増えがちです。
それでもこんな笑顔が見られると
本当に今、生きている事に感謝です。

支援活動の速報


TCPが窓口となり集まった義援金の額は
5月8日付で、1,889,000円です。

既にこの義援金は、EyeAssociation FortheHimalayanを通して
様々な形で、被災された方々の元にお届けしております。

最新の支援状況をご報告します。
この写真は、TSUMという地域です。
カトマンズの北北西、国境に近い地域で
非常に標高が高いエリアです。

TSUMへは通常、車で、
そして途中からはかなりハードなトレッキングで
奥地の村までは、約1週間かかる場所です。

こんな場所、土地勘がなければなかなか行くことは難しいですし
救急医療、食料などの物資を運ぶと言っても
トレッキングとなると、相当のマンパワーを投入しないと
幾らの荷物も運べません。

全く支援が届いてない状況を
この村の出身のお坊さんが、伝えてくれました。

そこで…
何と、香港の篤志家の方のご寄附で
TSUM支援のために、ヘリを飛ばしてもらえる事になったのです!!!
すごい!!

寒さ対策のビニールシートを、ヘリに運ぶお坊さん達。
10日4
一度にたくさんの荷物が運べます!
医薬品、食料、テント、医療チームを派遣できました。

現地の状況は、かなりひどい家屋の倒壊が見られました。
10日6
やはり山岳部は、
切り出した石を積み重ねた組積造の建物です。

10日5
水平方向の力に対しては、非常に弱い構造です。
10日1

村の人々。
命は助かったけれども、重篤な怪我の方も見受けられました。
10日3

現地で出来る医療行為を行い
物資を分配した後は、
カトマンズで治療しないと危険と判断した
重症の患者さんを、ヘリで搬送しました。
10日8

さすがにTCPやEyeAssociation FortheHimalayanでの義援金で
ヘリを飛ばすまでの判断は出来なかったので
篤志家の方のお申し出は、有難かったです。
どうぞ、お金がたくさんある方は、
ヘリのチャーターをお申し出下さい。
特段、素敵な御礼は準備できませんが
確実に徳が貯まるんではないかと思います。

皆様の義援金で、このように危機的な状況にある方々が
確実に支援を受ける事が出来ます。
ご協力頂きました皆様に、心より御礼を申しあげます。

しかしながら、まだまだ支援の行き届かない地域が
たくさんあるのも事実です。
引き続き、義援金を募集しております。

ご協力頂けます方は、振込口座をご連絡いたしますので
表題を「義援金協力」として、下記までメールをお送りください。
info@tcp-np.com

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。

チベット医学の診療所「クンデハーバルクリニック」


5月4日付のブログで、
アムチの患者さんの日本人の方に
カトマンズに医薬品とテントを
運んでいただくという話を書きました。
物資1
運んでいただいたのは、こちらの荷物。
医療品とテント、合計2個、46Kg .

現地で無事に、引き渡し出来た様子が
その方のブログに掲載されています↓。
旅するフォトグラファー 有賀正博さん

現地から、非常に分かりやすいレポートを発信して下さっています。

本日の有賀さんのブログがこちら↓
5月9日ブログ「この目で見たカトマンドゥは、すでに平常に戻りつつあった。 」

写真家の方なので、当たり前と言えば当たり前ですが
フレーミングが素晴らしくて
とても写真が分かりやすいです。

3月にご訪問頂いた際、
アムチの診療をご体験頂いた時の事も
とても素敵にご紹介くださっています。
2015年3月6日「チベットのお医者さん」

TCPの診療所は、現在
一階から最上階まで、幅1センチ以上もある亀裂が貫いていて
非常に危険な状態にあります。
ブログでご紹介いただいている診療室
アムチが理想とする形でチベット医学をご提供するため
6年を掛けて、TCPのサポーター様のご支援で
作り上げて来たものです。

現在、アムチは山岳部のまだ支援が行き届かない村に
医療チームとして出向いて、治療を行っています。
緊急支援がひと段落したら
被災した診療所の再建について
考えたいと思います。

今は救急医療が必要な時ですが
今後すぐに、地震後の不眠や不安など
心身両面の健康をサポートする医療が、必要な時期が来ます。

震災後の「不安からくる体調不良」などのような症状は
チベット医療のもっとも得意とする分野です。
不安は、その方の身体の弱い部分に症状として出がちですが
未病の状態であるため、西洋医学では病気として発見できません。
今後ますます、チベット医学は
震災後のネパールでお役に立てる機会が増えると思います。

また、今回の震災で、ますます経済的に困難な状況の方は増え
そのような方は、お支払いが出来ない為
普通、医者にかかることが出来ません。
TCPのクリニックは、お金のない方には、
無料で診療とチベット薬をご提供しています。
このような面からも、なるべく早く、
地域の皆様の健康に寄与するため
チベット予防医学室「クンデハーバルクリニック」を
再建、再開したいと考えています。

2回目の医療支援


TCP医療チーム、2回目の遠征の準備が整い
本日無事に、ラスワに向けて出発しました。
医療品
1回目の遠征から戻り、
すぐにカトマンズ市内で医薬品の調達。

この写真だけ見ていると、医薬品が豊富なように見えますが
棚にある物はアーユルベーダの薬だったりして
救急医療に必要なものは、とても品薄状態。
何軒も、薬屋を回りました。

結局、予定していたものが揃わず
眼科医の松山先生にお願いして、
EyeAssociation FortheHimalayanの医療品の在庫がある
ナモブッダまで、医薬品を取りに行かせて頂きました。
医療品3

医療品もパッキングするとそれなりの量になり
最後は徒歩で村を訪ねる医療支援は
体力的にもかなり厳しいものです。
医療品2
でもそこは、チベット人。
亡命者として、あのヒマラヤを超えて来た人達です。
飢えも過酷な環境も、乗り切る体力と忍耐力があります。
そして何より、諦めない不屈の精神があります。
アムチの過酷な亡命体験はこちら。

命以外のものを全部失って
亡命してきたチベット人難民だからこそ
震災で多くのものを失った人の痛みが
より一層、分かるのです。

身体に負った傷の治療はもちろんですが
TCPの医療チームは、心の大きな痛みにも
静かに寄り添いたいと思います。
診察待ち
(一度目の医療支援で、アムチの診察を待つ人々)

(一回目の医療支援の終了時、感謝のカタを掛けて頂いたTCP医療チーム)
TCP医療チーム
人に奉仕できる事の喜びを
活動のエネルギーに変えて
山岳部の取り残された地域の
医療支援に取り組むアムチです。

カトマンズの様子


地震直後は、電気がない事もあり
井戸の水を汲み上げる事が出来ませんでした。

でも、その後、電気が復旧し
ごく短い時間の通電の間に、タンクに井戸水を溜めて、
地震後最初に頭を洗ったのが、4月30日。
地震発生6日目のことです。
井戸2
汲み上げる井戸の水は、驚くほど茶色くて…。
でも今は、この水だけが頼りなので
みんなでシャンプーしました。

かなり大きな余震も来る毎日。
寝るとき以外は、家の外で過ごすストレスや
かと言って、敷地の外に勝手に遊びに行けない不満や
時々起る、大きな余震の恐怖や
大好きな学校に行って、お友達と会えない寂しさなど
色んなものを抱えているはずの子ども達ですが
こういう時に、あまりマイナスに心が偏らずに
今の状況の中で、最大限に楽しむことを見つけて
執着せず、楽観的なのは、
チベット人の特徴のように思います。

日本で報道される、被災地の写真は
人の目を引く様に、一番センセーショナルな部分を切り取りがちです。
だからきっと、カトマンズ全体が、
壊滅的に破壊されたような印象を
お持ちの方もいらっしゃると思うのですが
そんなことは、ないです。

被害の酷い地区もあれば
比較的少ない地区もあります。

井戸1
人々が静かに祈りをささげる写真も、よく目にしますが
そんな風に、沈痛な面持ちで一日を過ごすわけでもないです。
地震の前であれ、後であれ、
生きている限り、日常があります。
そしてそこには、笑いだってあります。

こういう状況の時だからこそ、人間の底力のようなものが
メキメキと頭角を現してきている気がします。

そんなメキメキ感の溢れる現地の写真も
少しづつ、お伝えできればいいなと思っています。

明日、第2回目のTCP医療チームが
ラスワに向けて出発予定です。
アムチは、体力も集中力も200%発揮している状態です。
たくさんの方々の、外傷を癒すと同時に
決して取り残されたり、見放されたりしていないのだという
安心感を、届けて来てもらいたいと思います。

山岳部の医療支援


スンダリバリチョークからさらに山奥に分け入った村に
医療支援に行っていた、TCPの医療チーム
昨晩遅い時間に、カトマンズに戻りました。

2泊3日で治療に当たり、200人以上の方々を
診察、手当させて頂きました。
医療活動1

活動した村は、こんな場所です。
車で来ることは出来ないので、最後は歩いて村へ。
医療活動8

この地区では、ほとんどの家がこのように
甚大な被害を受けていました。
医療活動7

ここでは日干し煉瓦でなく、石を積んで作った家です。
医療活動6

いわゆる外科的な怪我をされている方も多く
初日で医療品が品薄になってしまう状況でした。

さすがに地震後、1週間以上が経過しているので
多くの方が、野宿生活の寒さと疲れで
もともとの持病がひどく出てしまっていたり
冷えから来る痛みや、高熱に悩まされていたりしました。

家を失って、今後も外での生活が続くとなると
体調を崩す方が、どんどん増えることが懸念されます。
ネパールは雨期に入りますし、
一体、どうしたらいいのか…。

医療活動2

臨時の診察所の前で、たくさんの患者さんが順番を待つ様子です。
医療活動4

この村は、タマン族の村で
チベット仏教を信仰しているので
治療の後、アムチに向かって五体投地をしたり
感激して泣き出す人もいたそうです。

それぐらい、地震の後、何も手当されていなくて
心細かったのだと思います。

村長に
「村民が飢え過ぎていて、食料を持って来てもらったら暴動になる。
 食糧支援は、止めてほしい」と
事前にお願いされていたぐらい、食糧事情が最悪なのに
アムチの診察を受けたご老人が
なけなしの食料で、わずかなご飯をこしらえて
アムチに感謝の気持ちを表すために、持って来て下さいました。

こういう時、アムチはアムチである事を
感謝し誇りに思うそうです。
「たくさんの方々のお役に立てて、ありがたい」
そう思ったそうです。

医療活動5
チベット薬も、処方しました。

是非、もう一度来て欲しいと懇願されたそうですが
まだ他にも、何の手当てもされていない
山間部の村はたくさんある様子なので
8日からは、もう一度体制を整えて
今度は車の移動12時間+徒歩で、
ラスバに医療活動に行かせて頂きます。

たくさんの患者さんの
感謝の言葉が、アムチを元気にし、
遠征の疲れも見せず、今日はまた一日、
明後日からの医療派遣のために
医療品の準備に追われていました。

アムチが必要なものを躊躇なく買って
医療支援が出来るのは、
皆さんのお寄せ下さった義援金のお蔭です。

ご協力頂きました方々に、感謝を申し上げます。
被災者からの直接のお礼の言葉は、
代表してアムチが受け取っていますが
それは皆様に向けられた言葉です。

引き続き、被災者の直接支援のための
義援金を募っております。
ご協力頂けます方は、振込口座をご連絡いたしますので
表題を「義援金協力」として、下記までメールをお送りください。
info@tcp-np.com

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。

子ども達の様子


本日やっと、加藤からネパールの写真が届きました。
まだ、クンデ・ハウスのあたりはネットが使えないため
加藤が友人の家まで行って、メールをさせてもらったのだそう。

まずは、地震当日の子ども達の様子。
地震当日1
クンデ・ハウスには、家の前にガーデンがあり
ガーデンから門までの間に、駐車場の様なスペースがあるのですが
その駐車場スペースに、避難しました。

残念ながらガーデンは、敷地外の電柱が倒れ込んで来ていて
その影響で木が折れたり、倒れたりしたので
何もない駐車場スペースに避難したのでした。

アチャ・イシがおどけたりして
子ども達の不安を取り除いてくれています。

地震当日2
揺れはとてもひどくて、子ども達もびっくりでした。
クンデ・ハウスは幸いにも、窓ガラスが割れたりもせず
建物に大きな被害が発生しなかったので
少しづつ、落ち着きを取り戻しました。
でも、何度も余震が来て、その度に怖い思いをしました。

地震当日3
さすがに夜は、冷え込みますし、
不意に雨の降ってくるこの時期は
外での野営は無理だと判断し、
寝る時だけ、クンデ・ハウスの中に入りました。

塀があるので大丈夫だとは思いますが
このエリアは、夜の間にジャッカルに襲われて
子どもが亡くなる事件も発生しているので
やっぱり野宿は不安です。

地震当日4
すぐに避難できるように、みんなで集まって寝ました。

この写真だけ見ていると、
楽しい合宿写真のように見えます。
子ども達の笑顔が見られて、ほっとしました。

何度も起こる比較的大きな余震と、
時々響き渡る爆音(これは裏山の山鳴りです)におびえながら
不安な夜を過ごしました。

翌日からは、昼間は駐車場ですごし
寝る時だけ建物に入る生活が始まりました。

地震から11日、
色々なストレスに耐えながら
子ども達は本当によく、頑張ってくれています。

今日の最新の情報によると
ネパール歴の1日にあたる今月の15日から
一般の学校は、一斉に授業が再開できるように備えよと
お達しが出ているらしいのですが
それまでに校舎の安全が確保できるかは、相当に疑問です。

いずれにしても、あまり先の事は考えず
一日、一日を、積み重ねて
生活を軌道に乗せたいと思います。

被災者による、被災者支援


ネパール大地震緊急支援にお寄せ頂いた義援金は
ネパールの現地スタッフによって
医療、食料、飲料、テントなどの形で
被災者の方々、特に支援から取り残されがちな
小さな山間部の村などにも積極的に
支援が行き渡るように活動しております。

でも、支援している側のスタッフも、実際は被災者です。

ひびが入った家の事や、今後の生活の事や
親戚の安否や、いろんな不安を抱えつつ
みんな自分の持ち場で、責任を果たしてくれています。


現在、カトマンズ市内では、
テントや、テントの代わりになる大型のビニールシートの調達は、
非常に困難な状況です。
どこに行っても、見つけることが出来ませんでした。
寒さ対策1
そこで夜間の寒さ対策の一助になればと
お坊さんたちは、写真のようなプラスティックシートを購入して
被災者たちに配っています。

このお坊さん達、実は寝床にしていたビニールシートを
昼間の間に何者かに、持って行かれてしまいました。
持って行く…というと柔らかい表現ですが
そう、盗まれたのです。

そうしたら、その日からお坊さん達、
シートなしで、野宿の寒い夜を耐えしのぐようになりました。
だったらとりあえず代わりになるものがあるんだから
被災者に配っているプラスチックシートを
一枚自分用に使ったら良くない?と、思いますよね。

「これは被災者のために、日本の支援で買わせてもらったものだから
 私達が使う訳には行かない」と言うのです。
おいおい、あなたも被災者でしょ!と思わず突っ込みたくなります。

そういう真面目な人たちが
皆さんの義援金を、具体的な支援の形に変えて
せっせと被害の激しい地区の方々に、お届けしています。

何度も言いますが、支援する側も被災者です。
この尊い働きに、観音菩薩様のご加護を…と祈ります。


現地では医療品の調達も非常に難しくなっています。
昨日、国境付近を目指してTCPの医療チームが出発しましたが
このための医薬品を揃えるのが一苦労でした。
何軒もの店を回り、松山先生からネパールのドクターに指示して頂いたりして
集められるだけの物を集めましたが、やはり非常に品薄でした。

そこで、日本からネパールに医療品を運んでくださる方を…と探していたのですが
TCPのアムチの治療を、以前一度受けて頂いて
GWに再びご訪問頂いて、治療を継続される予定だった方が
7日着のカトマンズ行のチケットをキャンセルしておられなかったので
ご協力を得て、23Kgの荷物2つを、運んでいただく事になりました。
物資1

お年寄りには、雨季での野宿生活は厳しいもの。
せっかっく命が助かったのに
肺炎などになってしまっては、危険です。
物資2

住宅の再建のめどなど立たないわけですから
テント生活も長期戦が予想されます。
テントは品質の良い簡易型の物を、
なるべく多く今後も運びます。
物資3

本日たくさんの支援活動が出来ました事
義援金をお送りくださった皆様に、
心より感謝申し上げます。

現在も、さらに支援の範囲を拡大しております。
これらの活動は全て、現在募集しております
「チベット緊急支援義援金」で行われております。

義援金にご協力頂けます方は、振込口座をご連絡いたしますので
表題を「義援金協力」として、下記までメールをお送りください。
info@tcp-np.com

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。


続々と広がる支援


TCPが募集させて頂いております
ネパール大震災緊急支援の義援金、
日々着実に被災地に還元されております。

食事の提供2
ご支援頂いいた義援金で
多くの被災者の方々に、食事を提供できています。
食事の提供1



支援1
飲料水は、とても貴重で大切です。
給水車の入れない道を、
小型のピックアップトラックでデリバリー。
支援2
支援3

多くの建物が崩壊した山間部の地域。
必要に応じて、不明者の捜索も続けます。
救助3
救助4
救助5

本日はTCPの代表のケンポ(修行僧)と
診療所のアムチ、その仲間の医師、看護助手
合計7名で、可能な限りの医療品を持って
スンダリバリチョークから国境付近のエリアの
取り残された村に向けて、医療支援に向かいました。
(TCPは未だネットに接続できないでの、全て国際電話でのやり取りです。
 ネットが復旧次第、画像をUPさせて頂きます)

このエリアは、チベット系の住民が多いエリアなので
言葉などの問題もあり、やはりこんな時は、
同じチベット人が救助に行くのが
一番お役に立てると思います。

この地区は現在孤立状態にあります。
現地の村長とは数日前から連絡が取れていて
状況の把握に努めきました。

村長曰く、何しろ「何もが無い」状態だそうです。
「村民が飢え過ぎていて、食料を持ってくると暴動になる。
 収取がつかないので、食料は持って来ないで欲しい」…
村長の申し出は、あまりにも切ない話です。

しかし現地の状況を知れば知るほど
尋常ではない過酷な状態であることが分かりました。
地方の村では、そのコミュニティーをまとめる
一番偉い人の決断は尊重すべきです。
下手に食料を持ち込んで暴動になり
怪我人を増やしてしまっては、意味がありません。

やはり現地に食料を持ち込む事は、危険と判断し
医療のみを提供するチームとして派遣しました。
まずは一度行った上で状況を判断し
食料の事を考えます。

3日 9:00AMにカトマンズを出発
車で行ける場所は限られるので、
最後は徒歩で、村に入ります。
夕方には目的地に到着し、医療活動を始めました。
当初、3~4日の滞在を予定して行ったのですが
あまりにも怪我をしている村民が多くて
持ち込んだ医療品が本日の活動で、
ほとんど尽きてしまったとの報告がありました。
医療品が全て無くなり次第、予定を早め
一度カトマンズに戻る事にしました。

TCPのゴンパネットワークから得た情報によると
ギャンツェ、シガツェ、ラツェ(この一体、現在中国領です)あたりも
ネパール同様、多くの建物が崩壊し、甚大な被害が出ているとの事。
しかしちっとも、そんなことは話題になりません。
ニュースとして、国際社会に伝わって来ません。
もちろんそれは、赤い旗の国が、情報を止めているのです。

中国側にも甚大な被災地があるのに
そこがチベット人が多く住むエリアのため
放置されている様子です…。

現地から情報が入れば入るほど
やるせない気持ちがつのりますが
常に、前向きに
今生きていて奉仕できる事に感謝して
さらに支援活動を、推し進めて参ります。

本日たくさんの支援活動が出来ました事
義援金をお送りくださった皆様に、
心より感謝申し上げます。

現在も、さらに支援の範囲を拡大しております。
これらの活動は全て、現在募集しております
「チベット緊急支援義援金」で行われております。

義援金にご協力頂けます方は、振込口座をご連絡いたしますので
表題を「義援金協力」として、下記までメールをお送りください。
info@tcp-np.com

食糧支援


本日(2日)の活動状況が、上がって来ました。

今日は銀行のATMでキャッシュカードが使えて
現金を下せました。
街では店を開け始めていて
買い物も、ぼちぼち出来るようになりました。

ナモブッダのお坊さんたちは
「relief help program」という名前を付けて
これまで以上に精力的に、活動開始。
image1-1.jpg

出来うる限りの食料を調達し、支援に回っています。
image2_20150503011305cf3.jpg
この物量、すごすぎます。

image3.jpg
小坊主さんも手伝って、食料調達中。

image7.jpg
村まで運んだ食料は、
あっという間に配り終えてしまったそうです。
すごい行列です。
image6.jpg

物流が復活してきており
明日もまた、お坊さんたちは精力的に
食料支援をしてくれます。

本日これだけの支援活動が出来ました事
義援金をお送りくださった皆様に、
心より感謝申し上げます。

現在も、さらに支援の範囲を拡大しております。
これらの活動は全て、現在募集しております
「チベット緊急支援義援金」で行われております。

義援金にご協力頂けます方は、振込口座をご連絡いたしますので
表題を「義援金協力」として、下記までメールをお送りください。
info@tcp-np.com

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。




あと、ネパールの方向けの情報です。
驚くような便利サイトが立ち上がりました。
http://www.iamnepal.org/

すごいです、画期的です!!!
リアルタイムの情報です。
これで合理的に、迅速に、必要な所に支援がはかどりますね。

オペレーションの問題


続々と各国から、カトマンズに物資は届いているのに
それが空港で山積みになっているようです…。

被災の度合いに合わせて、必要なものを必要な場所に届ける
そういう指示を出す機関が無いのです。
また、山岳部へ効率的に物資を届ける輸送手段も
確保出来ない模様…。

物資はあるのに、届かない…
オペレーションのまずさによって、
被災者の方々の苦しみが深まってしまっている事が
本当に心苦しいです。

(2日14:20追記:米軍嘉手納基地のオスプレイがネパールに向かったようです。
http://www.stripes.com/ospreys-helicopters-and-150-us-troops-joining-quake-relief-efforts-in-nepal-1.343789
ヘリコプターと150人の軍人を乗せたオスプレイが本日到着予定との事)


Eye Association For The Himalayanの松山先生より
昨晩報告がありました。

震源地に近いゴルカ地方に派遣した
ルンピニ医科大学病院の医療チーム。
医療チーム

ゴルカに無事に到着し、医療活動を進めました。
医療チーム3

ゴルカの被災状況は、こんな感じです。
医療チーム4
でも活動を開始してほどなく、州の代表から
「ここでの活動はもう結構」と言われたそう。

これまで滞っていた、ゴルカへの支援なのですが
各国の支援隊が30日頃から到着し始めたからなのです。

大きな声では言えませんが、
やっぱりネパールとしては、海外から来て下さった支援隊に
大いに活動して頂いて、支援を無駄にしてはいけない…
もうちょっと踏み込んで言うと、海外支援隊はお客様なので
それ相応の活躍の場を準備しないと…って感じなのだと思います。
後はやっぱり、海外から派遣されて来るぐらいなので
きっと緊急時の対応能力も、訓練されて高いはずですし。
(↑この部分は、TCP石川の推察です)

「もういいから帰って下さい」と言われたそうです。
ひどい言い方に聞こえるかもしれませんが
ネパール政府側の気持ちも、分からないではないです。

手が足りている以上、とどまる意味もありません。
医療チームは一旦拠点に戻り、
パルパ西部の全壊した地区へと向かいました。

一方、NAMO BUDDHAお坊さんたちは、
カブレ郡では買える限りのスナック、ラーメンなどを買い
村人に配って歩いています。

救助活動1
随時、必要に応じて、救助活動もします。
救助活動2

ボダナートのヒマラヤの子ども達の学校では
これまで食事の配給をしてきましたが
29日からは水もご提供しています。

スワヤンブナートの尼僧院では
軍隊と一緒に救助活動しています。

引き続き、全力で被災地支援に取り組んでおります。
「 ネパール緊急支援 義援金のお願い」

これまでのご支援で、このような事が実現しました。
「医療チーム、出発しました!」
「山岳部への食糧支援」

現在も、さらに支援の範囲を拡大しております。
明日は、TCPのアムチとチベット人医師のチームを
スンダリバリチョークから国境付近の
取り残された村に派遣します。

義援金にご協力頂けます方は、振込口座をご連絡いたしますので
表題を「義援金協力」として、下記までメールをお送りください。
info@tcp-np.com

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。



クンデ・ハウスの子ども達は
地震の発生から1週間がたち
これまでのサバイバル生活の緊張が少し緩んで
吐いたり、高熱を出したりしているとの事です…。
この後、衛生状態の悪化が懸念されるので
感染症にも、気を付けないといけませんね。

ご加持


昨日は、何度電話を掛けても、ネパールへは
一度もつながる事が無かったのですが
本日は、比較的回数の少ない段階で、話すことが出来ました。

加藤からの現地情報をお伝えします。

飲料水に関しては、
近くのゴンパに給水車が来るようになったので
少量づつ、分けてもらう事が出来るようになりました。

クンデ・ハウスの井戸は、震災後濁りがひどく
全く使い物にならなくなりました。

食料に関しては、幸運にも
ご近所の複数の商店から
融通して分けてもらう事が出来たため
今のところ、数日の食料は確保できています。

また、カトマンズの有名なチェーン店のスーパー
バドバティーニが、一昨日から営業を始めました。

昨日の夜から、電気が普及しました。
但し、恒例の輪番停電で、あまり電気は来ません。

リングロードの中(カトマンズの中心部)は
既にWiFiが使える様子です。
ただクンデ・ハウスはリングロードの外なので
未だにネットに接続できていません。

子ども達の通う学校の、高学年の校舎が倒壊しました。
(注:加藤は「倒壊」と表現しましたが、被害の規模は正確には掴んでいません)
他の学年の校舎も被害を受け、危険な状態にあるため
学校再開の、具体的な目途はまだ立っていません。

TCP代表ケンポの無事が確認できました。
建物が被害を受けたようで、危険なため
現在はパルピンのテントで生活しているとの事です。

山間部のパルピンで修行の日々を過ごす代表の安否は
これまで確認できておりませんでしたが
スタッフに「絶対に代表は大丈夫!」という確信があったため
今日まで、安否が確認できていない事を、
皆様には、ご報告しておりませんでした。
この場をお借りしまして、この点について
ご報告とお詫びを申し上げます。

それにしても…
地震が土曜日だった事が、不幸中の幸いです。
これが平日だったら、学校に行っていた子ども達の命が危なかったです。
その点だけは、
本当に、本当に、本当に、本当に、本当に良かった!!!!
と何度も加藤と、お互い言い合いました。

でもまだ、不幸中の幸いは色々とあったそうです。
普段加藤は、保安上の理由から、最低限のお金しか口座から引き出しません。
頻繁にATMで引き出して、その都度支払う形で運営しています。
しかしこの日は、これまでの色々なまとめ払いの支払いのため
通常では考えられない金額を引きおろし、手元に持っていたのです。
お蔭で、いつになったら銀行からお金が引き出さるか分からない状況の今
現金で、モノを買うことが出来ています。

そしてまだ、不幸中の幸いはありました。
加藤は、在ネパール日本大使館の
スワヤンブナート西部地区の区長をやっています。
区長の家には、連絡用に防災無線が貸し出されるのですが
震災後、すぐにこのスイッチをONにして
最新の被災状況を知ることが出来ました。
ほどなく交信は出来なくなりましたが
多少とも、被災の概要を掴めただけで、
余計な不安を勝手に募らすことなく、対処できました。

ともあれ、子ども達とスタッフが全員無事だった事
TCPはもうこれだけで、充分に幸せです。
観音菩薩様のご加持と、感謝しています。

「先の事は考えず、とにかく今を乗り切って。
 物資は値段に躊躇せず買うように。
 お金は絶対に何とかする」と加藤に伝えると
「値段を気にしないで買っていいという言葉は、
 今、何よりもありがたい。本当にありがたい」
と言っておりました。

TCPは大きな金額ではありませんが
毎年少しづつ積み上げてきた繰越金もあります。
当面は、これで何とかしようと思います。

それよりも、今、一番困っている方にフォーカスして
出来る限りの義援金を集めて、現場に投入し
多くの人が孤立しないようにしたいと思っています。

引き続き、義援金を集めております。
ご協力頂けます方は、下記に「義援金支援」と書いて
メールをお送りください。
振込の口座を、ご案内させて頂きます。
info@tcp-np.com

〈追記>
義援金の募集は、2015年5月末日を持ちまして終了させて頂きました。
皆様のご協力に心より感謝申し上げます。

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