地震のあと


5月26日、ネパールで使われるビクラム暦に則ると
この日が地震から1ヶ月目の日でした。
ネパールの各所で、小さな祈りが行われました。
この日を「ひと区切り」と考える、ネパールの方も多かった様です。

6月2日、チベット暦のサカダワ月の満月でした。
毎年スワヤンブナートでは多くのチベット人が、
サカダワの前日には、夜を徹してコルラをしますが
今年は半分程度の人出でした。
毎年クンデ・ハウスも全員でコルラに出掛けますが
今年は希望者だけとしました。

コルラ開始!
アチャ・イシが写真を撮っておいてくれました。
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もしも夜に外で余震が来たら危ないですし、
年少さんは、家に残りました。

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明日には満ちる月の光に照らされて、コルラ終了~!

チベット人にとっては、特にこのサカダワが
地震と関連して、特別な日ではありませんが
それでも1年の大きな節目の日を迎えたことで
気持ちは少し、刷新されたと思います。

こうやって何かの日付を境に
人は「ひと区切り」と、心を仕切り直して
前に進んでいくものなのですね。


すみませんが、ここからは東京事務所の石川のつぶやきです。

短いネパール滞在の間に、
色々な建物の被災度調査をさせて頂きました。
実質的に丸2日で、

・TCPの建物2棟(クンデ・ハウス、チベット予防医学室の診療所)
・バヌバクタ学校
・カトマンズ武道館  など
TCPの生活圏の建物と、この他に要請を頂いた

・2件のゴンパ(チベット寺院)の3棟のお堂と僧坊
・カトマンズ日本人補習校
・チベット医学のクリニック
・個人宅 多数
を調査に回らせて頂きました。

大抵の場合、家にしろ公共の建物にしろ
それはその方(や団体)にとって、最大の財産です。
だからこそ、一つ一つの建物を、心して診させて頂きました。

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技術者としては、事実を的確に判断しますが
建物の使用については、出来る限り丁寧に
今後起こり得る可能性のある余震について、
様々な想定をお話した上で
現実的な方針をお話しました。

日本に戻ったら、被害の傾向や実態をなるべく分かりやすく
ブログでもご紹介しようと思っていましたが
こうして帰国して、改めて写真を見返してみると
色々と複雑な思いが湧き上がって来て
ブログにまとめる事が困難でした。

どう見ても建築的には、居住不適格な建物なのに
どのような理由なのか、まだ人が住んでいたり
危険だから少しでも早く解体したほうがいいけれど
お金も重機も無くて出来なかったり
危険と判断した建物が、先代のお父様が苦労して建てられた
家族にとって出発点とも言える建物だったり
建物ごとに、実に色々な事情やストーリーがありました。
DSCN7660.jpg

きっと仕事だったら、技術者視点で
さっさとレポートできたと思います。

一つ一つの建物に、
それまでの生活があり、歴史があり…
それらが一瞬にして危険な状態になったことで
そこに住む方々の人生も、否応なく激変します。
仕事じゃない分、そういう事に
帰国後心が引っ張られてしまって、客観性が保てず
なかなか建物に関して、ブログを書く気になれませんでした。

帰国から10日が過ぎて
多くの人が何らか「ひと区切り」と心を仕切り直している様子を見て
情報共有の観点からも、やはり見て来たことを
整理して書いておこうと思い始めました。
少しづつ、まとめて行きたいと思います。
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