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亡命



アムチは2000年に、チベットから亡命してきました。

TCPの懇親会で、
アムチ自らが話した亡命の体験談を
本日はご紹介したいと思います。


「命」
国境を目指し、最後の町を後にしてから、
もうどれぐらいが経ったでしょう。
既に食料も底をつきました。
飢えた体を前に倒すようにして強制的に歩きます。
ただ自由が欲しくて、チベット人であり続けたくて
朦朧としながらも国境を目指して歩き続けました。

とある雪の山道の途中に、一人のチベット人女性が倒れていました。
起こして脈を取りましたが、彼女は既に亡くなっていました。
彼女の体を持ち上げてみて初めて、
その傍らに小さな子どもが倒れていることに気付きました。
急いで抱き上げてみると、意識はありませんでしたが
まだ生きていました。

一緒に亡命していた仲間の一人が
その子を拾い、抱きあげました。
そして自分の子どもとして育てることにしました。

このように、亡命の途中で
誰に知られることもなくひっそりと命を落とすことは
悲しいことに、よくあるのです。


「飢え」
亡命は、命をかけた逃亡です。
逃げるタイミングに関しては、綿密に計画をしますが
食料に関しては、十分に準備など出来る状況ではありません。
何日も、何も食べるものがなく、ひどい飢えに苦しみました。
途中で自分が革のベルトをしていることを思い出して
ナイフで細く裂いて、少しづつ口にしました。


「国境」
亡命を開始して、1ヵ月が過ぎようとしていました。
既にネパール・中国国境は、目の前にありました。
しかし警備が厳しすぎて、突破することが出来ません。
警備が手薄になるタイミングを計るため
身を隠して潜伏しました。
2日、3日と
国境を目の前に、
ただ息を殺して身を隠すしかありませんでした。

このわずか3日の間に
一緒に亡命してきた家族の幼い子ども2人が
栄養失調で亡くなりました。


「希望」

ようやくネパールの国境を越えることが出来ました。
でもまだ安堵は出来ません。
自分達を亡命者として認めてくれる場所に辿り着くまでは
亡命は完了しないのです。

ともに亡命してきた仲間の中に、妊婦さんがいました。
彼女は国境を越えたその日のうちに、流産してしまいました。

誰もが辛くて辛くて、泣きました。
この絶望的な苦痛の日々の中で、
彼女のお腹の中の小さな命だけが
みんなの唯一の希望だったのです。

まだ危険が身のまわりにあることも省みず
みんなで薪を拾い集めました。
そして小さな体を、荼毘に伏しました。
誰もが辛くて、何も話すことが出来ませんでした。



亡命者の数だけ
亡命にまつわる様々な体験があります。

世界中のどの民族も
その土地を追われ、
逃げたりしなくてよいようになって欲しいと
願わずにはいられません。


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コメント

アムチが亡命してからまだ十年そこそこなのですね。
わたしはもっとずっと過去のように思っていました。自分の十年前は、昨日のように感じます。

大八様、コメントありがとうございます!

そうなんです、まるで遠い昔に亡命して来た様に思ってしまうのですが、案外最近だったりします。
大人になってからの亡命は、生活の変化が大きすぎて本当に大変だと思います。国を捨てて逃げざるを得ない状況…個人的にはそれは想像の範疇を超えるものです。

アマーは一度亡命に失敗し、公安に拘束されました。筆舌に尽くしがたい苦しい亡命だったそうです。想像を絶する過酷な状況を経て、穏やかな今があるのだと言うことを少しでも知っていただけたらと思ってブログに書いてみました。

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